2012年8月5日日曜日

七夜物語


川上弘美の「七夜物語」を一晩で一気に読んだ(ほんとうは七夜かけて読むべきだったのかも・・・)。わたしにとっては「センセイの鞄 」以来の川上弘美だ。



かつてこどもだったおとなたちと、これからおとなになるこどもたちへ。
「七夜物語」はきっとそんな人たちのためのなつかしい物語になるだろう。そして、そうではない人へのはげましの物語になるだろう。

・食べることはなによりも大切
・世界は正義と悪だけからなるわけではない
・みためが美しいものはとてもあわれだ
・「うそっこのほんとう」のはなしは、「ほんとう」のはなしである

これだけではない。物語の中では世界の成り立ちのさまざまな秘密が、暗示の形で実に正確に(!)うめこまれている。冒険のためのヒントに満ちている。今年のもっともおもしろかった本の一冊に加えておきたい。

思えば、わたしが「世界は全部うそっこのほんとうで、同時にすべてのうそっこはわたしが生きているほんとうの世界そのものなのだ」と気づいたのも、ちょうど物語の主人公たちと同じ、小学校4年生の時だった。(仄田君の「すべてシリーズ」ではなく、わたしが「ひみつシリーズ」を読んでいたころである)。

そうして「七夜物語」を読み進めながら、わたしもまた、この物語を以前に読んでいたことがあるのに気がついた。一気に読めたのはそのせいだ。確かに知っている。でもすっかり内容を忘れている。

わたしがどうやって世界の成り立ちを知ったのか、それは数年間にわたる「ほんとうの世界」との愛着と闘争の葛藤の結果だった。「七夜物語」を読んで、あころの不安でドキドキした感覚を、ひさしぶりに思い出した。そして、わたし以外にもたくさんの人が、あの世界を旅していたことを知り、とてもうれしくなった。



大学にいると、ときおり、おとなになりきれないこども、つまり、こどもになりきれなかったおとなたちに出会う。いままでも漠然となにかが違うと思っていたが、「七夜物語」を読んで、その違いががよくわかった。新型鬱もソーシャルスキルの低さも、他人の気持ちに対する関心や共感の希薄さも、すべて原因はひとつである。かれらには共通する傾向がある。

・食べることを大切にしない(食に無頓着で好き嫌いばかりする)
・世界は正義と悪だけからなると信じている
・みためが美しいものばかりを求めている
・「うそっこのほんと」のはなしは、「うそ」だと思って安心している。

彼らは乗り越えるべき冒険を、避けたり失敗した人たちなのだ。「うそがまことでまことがうそ」という、ややこしい「ほんとうの世界」の不安に、耐えられなかった人たちなのだ。だからこそ彼らは世界や他人に対して決して誠実に生きられないのだ。

もう遅いのだろうか。こどものころにしなければならなかった冒険を、もう一度やり直せば、かれらもちゃんとしたおとなになれるのだろうか。なってほしいと思う。冒険に旅立ってほしいと思う。この本には冒険のためのヒントがある。