その頃3年がかりで宮古島の海人の調査をしていた私は、仕事の合間に、酒造りに興味を持つ学生とともに、宮古島の酒蔵をまわっていた。
そこで出会ったのが、多良川という酒蔵。そしてその蔵元さんがはじめた、鍾乳洞貯蔵古酒という試みだった。蒸留したまま加水していない43度もある原酒を、陶器の甕に入れて鍾乳洞の中に保管しているという。
湿度が高く年間の気温が一定している隆起珊瑚礁の洞窟の中は熟成が早く、さらに甕は空気の出入りがあり、その呼吸によって原酒はとても品のよい古酒になるという。
それはすごい、ぜひとも見学したいとお願いした。
畑の中にぽっかりとあいたドリーネを、螺旋階段を伝って20メートルほど地下におりていくと、大きな横穴があいていた。
畑の中にぽっかりとあいたドリーネを、螺旋階段を伝って20メートルほど地下におりていくと、大きな横穴があいていた。
綺麗に並べられた甕たちは、鍾乳洞の奥へと続き、熟成の時を待っていた。
それをみているうちに魔が差した。出してもらった酒に酔ったのかもしれない。なぜかそのとき、手元に10万円のお金があった。「あの、私もオーナーになれますか?」即決である。隣にいた学生が驚いた顔でこちらを見る。
ノストラダムスの予言がわずか1ヶ月前に外れ、20世紀もあと2年でおわる1999年の8月のことである。これをいつ飲むかわからないけど、そのときは、きっと21世紀になっているはずだ。「二十一世紀に飲むぞ」私は木札にそう書いた。
そうして、私の泡盛もまた宮古島の洞窟の奥深く、熟成の時を刻みはじめた。
「これで毎年、宮古島の調査のたびに少しずつ飲みにこれるぞ」と、ひそやかな楽しみができたことを喜ぶ私だったが、その年以来、宮古島での調査からはなれ、石垣島にかようことになってしまった。
そしてそのまま10年がたった。
多良川から「お酒が熟成したので送ります」との連絡があった。が、さらに3年延長した。
そして13年目の今年。
木箱に入れられ、あのときの泡盛が送られてきた。木箱をはずし、ふたを開ける。甘い香りが部屋中に広がる。
ひしゃくですくって、一口飲んでみた。
「おいしい」
それは、おどろくほど、おいしかった。
これまでさまざまな古酒を飲んだが、これほど香りが高く、これほど清らかな古酒を飲んだことがない。口に入れた瞬間に味と香りが広がり、すっと喉をとおっていく。とろりと甘くて、雑味がひとつもない。
熟成され水和がすすんだ酒精はあくまでもまろやかで、口当たりはどこまでも柔らかく、まるで水を飲んでいるようだ。
これはなんというお酒だろう。13年のうちに、真っ暗な鍾乳洞の中で信じられない化学反応が起きていた。
甘露とはこのことか。
ラベルをつくり、原価を計算して、瓶に詰めなおし2本を納品した。「多良川・鍾乳洞貯蔵古酒・蔵入れ平成11年8月16日・竹川大介」。飲みたい人は小倉南区北方の「にいな」で飲める。