2014年9月22日月曜日

フィールドのデジタル化・2014年の考察

フィールドノートを何冊ももって、防水のタッパーに入るだけのフィルムと乾電池を詰めてフィールドにむかったのは今や昔。さまざまなデジタル機材の進歩によって調査に使う道具もここ20年で急速に変わってきた。

しかし、基本的に電気が使えないフィールドでは、これで便利になったのだか不便になったのだかわからない状態が長らく続いた。特に2000年代は機材の充電にずいぶん苦労した。ありったけの充電池を満タンにし、残量を気にしながら片道切符で調査をおこなう。わたしはちょうど2000年の調査からデジカメを使い始めたのだが、長期調査ではいつも電池の残量がネックになっていた。データーのバックアップにも不安があった。

そんな感じで試行錯誤して、いろいろな電子機器をためしながら、フィールドでのデジタル化の可能性を探ってきた。ここまでくると実用と言うよりは、わりと趣味の世界である。

今回2014年の調査では、USB電源を主軸に、ソーラ充電をしながらデジタル機材が持続的につかえるシステムを試してみた。USB電源であれば村に設置された一般のソーラからでも電気がとれる。そして、これは案外うまくいった。そこで同業者や学生の参考になるかなと思い、私が現場でどんな道具を使っているのかを整理してみた。


1 KING JIM : POMERA DM20
単4乾電池3本でうごくワープロである。起動ははやく、電池の持ちもよい。普通に一週間くらいは使える。機材の重さと画面の小ささが欠点である。

2 Apple : iPad mini
可能であればSimフリーのCellularモデルが理想。携帯の電波が入ればネット通信も可能。欠点は電池の持ちが悪いこと。フル充電からおよそ2日くらいで充電が必要になる。

3 1502iPad mini対応 bluetooth キーボード
キーピッチがやや狭いが、これをつけるとiPad mini をノートパソコンのようにストレスなく使える。iPadのカバーにもなるので便利。

4 Goal Zero : Nomad 3.5
ソーラパネル、USBと専用端子のふたつの出力があり、両方同時に充電ができる。専用端子は電圧が高く充電効率がよい、充電は晴天時をねらって集中的におこなう。曇っているときやあめのときは洗濯物とともに取り込む。

5 Goal Zero : Guide 10 Plus
専用の乾電池用充電器。単3と単4が充電できる。USB電源供給用のバッテリーとしても使える。単3の eneloop pro 4本で 2450mAh × 4=9800mAhの容量を確保できる。

6 Cheero : Energy Plus 12000mAh
マイクロUSBから充電する。コンパクトな割に大容量なモバイルバッテリー。おまけ機能でライトがついている(意外と便利)。出力はUSB 1A と 2.1A のポートがひとつずつ。iPad mini フル充電が2回くらいできる。これ自体をフル充電するのに晴天で3日くらいかかる。加熱と雨による浸水がこわいので長いケーブルで屋根のあるところに引いて充電している。

7 Huawei : GL06P : Pocket WiFi LTE(GL06P)
モバイルモデム(Wi-Fiルータ)。日本で使っているEmobile用を転用、Sim カードを交換すれば、携帯の電波をつかってネットが可能になる。ただしソロモンでは3G。実際には通信料が高すぎてメールチェック程度が限界だった。

8 ダイソー:シガレットソケット チャージャー
これは108円の安物なので出力が1Aだが、1000円くらい出せばもう少し性能のよいものがいろいろある。たとえば 3658 WT-UC351-BBL USB Car Charger 3 ports。これは3ポートで合計5.1Aとれる。さらにこいつをバッテリー直結型接続ソケットと組み合わせれば、車やソーラ用の12Vの鉛蓄電池から直接電気がとれる。今回は試していないけど、フィールドではかなり有効かも。


9 Olympus:voice-Trek V-85
ボイスレコーダ−。単4電池ひとつで動く。このシリーズはUSB端子が内蔵されており、パソコンにつなぐと音声ファイルをすぐに取り出せるので、とても便利。デジタル化のおかげで文字おこしもずいぶんやりやすくなった。

ところで昔の私の研究室が新築されるときに、SONYのデンスケをみつけた。整理のために捨てるというのでもらった。ハンドルを回しダイナモで発電する調査用の肩掛録音機である。携帯用とはいえすごく重い。NHKの放送博物館にも納められているという1959年製のPT3型で、保存状態も良く録音も再生もできたが、遊んでいるうちに動かなくなってしまった・・・。

10 USB用ACアダプター
AC電源があるところで充電するためのアダプターである。これに現地のコンセント用のアダプターをつけて直流5Vにかえる。ポートが複数ついておりアンペア数が高いものが、一度に複数の機材を充電できるので便利である。

11 Dual:XGPS150
ロシアとアメリカの両方の衛星から地理情報を受信する高精度のGPS。iPadとBluetoothでつないで使う。これもUSBで充電する。

12 ヘッドランプ
村に最初にLEDの懐中電灯を持ち込んだのは私だった。今や誰でも使っている。ヘッドランプは両手で手作業ができるのでとても人気。これは単4用だがお土産には電池が手に入れやすい単3用が喜ばれる。

13 USB マルチケーブル 携帯電話用
日本でも手に入るが、これは現地で購入。ガラケー日本ではあまり普及しなかった nokia や samsung の携帯に充電できる。ひとつ持っているとみんなの携帯も充電できるし重宝がられる。

14 Samsung:GT-E1195
マレーシアで800円で買ったSIMフリーの携帯。小さいうえに、受信待機で10日間くらい電池が持つのでとても使いやすい。決してガラケーではない。2G GSM 900 / 1800に対応している。日本では使えないが、海外では現役でつかえるところが多い。プリペイドのSIMカードは300円くらいで簡単に手に入る。3Gに対応した携帯なら日本でも使える。

15 USB マルチケーブル  iPad用
iOSのバージョンアップでAppleの認証チップが入っていないとLightningプラグは使えなくなってしまったが、以前の30ピンのプラグに認証済みのLightning 変換アダプタをつけると使えるようになる(これは知っておくと便利な豆知識)。マイクロUSBとミニUSBがついているので十分にアンペアがあれば複数の機材を同時に充電できて便利。

16 Richo:Theta
全天球カメラ。瞬間的にそのときの状況を撮影することができ、あとでゆっくり細部を確認。フィールド向き。iPadと組み合わせてリモートシャッターも可。とったパノラマ写真をその場でみせるとみなにとても受ける。あと、これもマニュアルにのっていない裏技として、wifiボタンとシャッターボタンを同時に押しながらUSBをパソコンにつなぐとデータモードになる。こうすれば、本体の中に入っている画像のダウンロードや削除が簡単にできる。便利な機能なのに、なぜか公表されていない。

17 GoPro:Hero3 Black Edition
とりあえずビデオはこれひとつで良いんじゃないかなと思う。大きさといい、画質の良さといい、防水機能といいフィールドでの撮影には欠かせない。画角が広いのも記録には便利。バッテリーが小さくて持ちが悪いので、予備をたくさん持っていく必要があるが、USBから充電できる。

18 Richo:GRデジタルIV
単4の電池が使える。USBから本体充電ができる。画質がとてもきれい。暗いところでもとれる。それだけでフィールド用カメラとしては十分な資質。これより上は、ミラーレス一眼の世界で、レンズ分だけかさばってしまう。問題は値段が高いこと。ズームが使えないこと。防水機能がなく、コンパクトなおかげで機械まわりがわりとデリケートなこと(すでに一度修理に出している)。

19 INON : LF1400-S
乾電池が利用できる水中撮影用 LEDライトのなかで最強。1400ルーメンというからちょっとしたプロジェクター並みの明るさ。熱くなるので陸上では使えない。単3のeneloop proを6本使い、1400ルーメンのFullモードで約65分、700ルーメンのLowモードならば2時間55分、すごい。

20 Transcend:Storejet Cloud TS128GSJC10K
Wi-fi でデータ転送できるポータブルストレージ。データのバックアップ用 衝撃を考えHDDではなく SDDで128GB。iPad とデータのやりとりができるのが便利。

以上が写真の紹介だ。今後の展開として補足を少し。

すでに書いたように、iPadにキーボードをつければ、ワープロ機能程度ならノートパソコンの代わりになる。しかし電池の持ちが悪いのがフィールドでは大きな弱点となる。そこでわざわざ重たいPOMERAを併用するわけだが無駄である。2週間以上電池が持つ電子ペーパーのE Ink を使ったアプリ端末があれば、ふたつも持っていく必要はなくなる。すでに、こんなのが発売されている Onyx BOOX T68 LYNX。とても興味はあるけど、まだ待ちの感じかな?できればE Ink Cartaがいいな。

さらに先日出たあたらしいSIMフリーのiPhone6を使ってテザリングすれば、この中のモバイルモデムとGPSとボイスレコーダーと携帯電話とカメラがいらなくなる。ビデオの性能もかなり良さそうだ。これで一気に減量が進む。まあ近いうちに、そういうことになるかもしれない。

ついでにもう一つ。USB充電に対応していない手持ちのデジカメのバッテリーを、USB経由で充電するための道具をみつけた。日本トラストテクノロジーのMy Charger Multi miniだ。

そんなわけでフィールドという特殊な環境下では、デジタル化もまだまだ大変だけど。以前に比べるとずいぶん使いやすくなり小型化してきた感じだ。

さて結論。まあ、ここまで書きながらながらなんだけど。やっぱりフィールドにはデジタル機材は向かないなという気持ちがどこかにある。一生懸命持っていった重たい機材が、潮をかぶったり、砂にまみれたり、電池が切れたり、そのほか平時には予期できないようなトラブルに直面すると、精神的にも経済的にもかなりダメージが大きい。

実際のところ、コストや軽さや起動の早さからみても、紙とペンのほうが圧倒的に便利だ。結局、今でもフィールドノート(コクヨ 測量野帳スケッチ セ-Y3)と加圧ボールペン(三菱 パワータンク SN-200PT-05)は調査に欠かせない道具である。そんなわけで次回は、時間があれば、フィールド文房具編もまとめてみたい。




2014年9月18日木曜日

日本よ日本

日本よ日本 愛する日本
緑の日本 青い海


田ノ浦にいった。上関原発の予定地の浜だ。その名も長島という橋で繋がった細長い島のさらに先端に、まるで秘密基地のようなその場所はあった。


ALSOKの制服を着る警備員が、予定地と集落の分かれ道でのんびりと立っていた。車に近寄り話しかけてくる。ここは公道なので積極的に立ち入りを制限することはしないが、道が狭くて大変ですよと、この先に行ってほしくないニュアンスをそれとなくおわせる。


さらに車を進めると、道沿いに「危険ですので立ち入りはお止めください」と書かれた掲示板がいくつも続く。これも奇妙な言い回しだ。公共地である浜に人が降りることを禁止する法的根拠はないため、穏健な圧力をにおわせるだけで「立ち入り禁止」とは書けないらしい。


車で奥まで行き着くともう1人警備員がいて、ここより先は中国電力の土地であるという。しかし、浜自体は公共地。浜に降りるための山道が敷地の横にフェンス沿い続いている。あくまでも低姿勢な警備員に「ここをまっすぐ行けばつきますよ」と丁寧に教えられ、フェンスの隙間の道を浜に向かう。


蚊に刺されながら20分ほど歩き浜にでた。急に視界が開ける。浜には金網の中にピコーンピコーンと大きな電子音を立てる奇妙な円筒状の装置が3器並んでいた。何に使うのだろう。そして、どこかで見たような風景。そうそう、まるでかつての近未来の物語にでてきた禁忌の中心だ。未来少年コナンがインダストリアに潜入するような気分。ここは三角塔の中心部か。それともアキラが封じられたオリンピック予定地だろうか。


旧世界の大人たちが起こした過ちが封印されている場所。ほんとうにそんな場所が、今の時代の日本にあったのだ。私たちの時代はすでに「悪」は穏健な顔をしている。


目の前に祝島の集落が見える。手が届きそうな距離だ。美しい青い海。緑の山々。この故郷を守りたいという気持ち。それは純粋にこの素敵な郷土を愛する気持ちだと思う。


愛する郷土をお金や暴力によって強引に奪い踏みにじる、そこにどんな正義があるのだろうか?たとえば祖国が外国からの経済的あるいは軍事的な圧力によって蹂躙されようとしているときに、それに抵抗し戦うのが愛国心であるとするならば、愛郷心と愛国心はひとつながりのものである。


上関は「鳩子の海」の舞台でもある。瀬戸内海は、この国の人々がかつて犯した過ちと、その結果おきてしまった悲劇をずっと見て来た海である。広島で被爆し記憶を失った鳩子が逃げのびてきた海である。


日本よ日本 わしらがお国
まだ守れるぞ 時間はあるぞ
ドドンガドン


旧世界大戦の後に生まれた新しい世代が、再び同じ過ちを繰り返そうとしている。封印されたはずの力を解き放とうとしている。いつのまにかまた熱病のような力への欲望がこの世界の空気を覆い始めている。


原子力発電に賛成の人の反対の人も、次の戦争に賛成の人も反対の人も、まだ平穏な今日のうちに、力を封印されたまま、不気味な装置の電子音だけが鳴り響くこの田ノ浦の風景を、自分の目でみておいた方がよいと思う。なかなかほかでは見られないすごい風景だ。そしていずれ見られなくなるかもしれない風景だ。今はまだ穏健な顔をしている私たちの時代の「悪」の姿だ。まだ守れるか?時間はあるか?ドドンガドン。



2014年6月16日月曜日

死者と未生への慰霊

沖縄から果実が送られてきた
慰霊の日も近い 梅雨の初夏に想う


大陸で死んだ人も
南方で死んだ人も
空襲で死んだ人も
沖縄で死んだ人も
特攻で死んだ人も
原爆で死んだ人も
中国人も朝鮮人もアメリカ人も日本人も
あの戦争をしてよかったと思っている死者は
どのくらいいるだろうか


戦争を始めたがるのは
いつでも生き残った人とその子孫たち
死者を代弁するのは
いつでも生き残った人とその子孫たち
子どもを持つ前に死んだ人には
孫もそのまた孫もいない


たとえどんなに悔しくても悲しくても
死者にはなにも語れない
生まれるはずだった彼らの子孫も
同じ過ちを止めることすらできない

たくさんの彼らは
ただおしだまって私たちをみている


生きている人だけで決めていいのだろうか?
この票決は じつに不公平である
戦争でもっとも深く傷ついた当事者には 投票権がない

死んだ人にできることはないのだろうか?
オマエタチモ ハヤク コチラヘ オイデと
呪詛をかけることくらいだろうか


死んだ人や生まれられなかった人のための 慰霊の日


彼らの死を美化し 感謝の気持ちを伝えれば
その呪いは解けるだろうか
そうやって
私たちもまた彼らのように立派に死ぬのだろうか

彼らの死を反省し 謝罪の気持ちを伝えれば
その呪いは解けるだろうか
そうやって
失われるかもしれない未来の命を救うのだろうか


たくさんの死者と未生の魂は
ただおしだまって私たちをみている。
笑いもせず 呪いもせず

2014年6月8日日曜日

研究室の茶会

新茶が入ったので、今日は研究室でお茶会をいたしました。


いただいたお茶は、静岡の前田幸太郎商店の「きらめき」。大走りの新茶を手づみし、生仕上げという軽く火入れをしただけの繊細なお茶です。


電子掛け軸には、歌川国芳の「金魚づくし」。グロールシュの一輪挿しにはあじさいを生けました。そして名物として長崎で拾った印判手の伊万里を置いてみました。



煎茶の茶器は薄手の「上野(あがの)焼」。力強い青緑釉と窯変した濃紅の縁取りがちょっと妖艶な雰囲気です。おかしは涼しさをさそう「くず桜」。


名古屋でそだった私は少し苦みの強いキレがあるお茶が好きで、九州のお茶は全般的にあっさりとして上品に感じる。それでもきちんと作られたお茶には、グルタミン酸などのうま味やテアニンなどの甘味がしっかりしており飲み応えがあります。そんなお茶を少し濃いめに入れるのが好きなのです。


とくに新茶は香りがよい。とろりと溶けてしまいそうな柔らかい薄黄緑の茶葉を低温でしっかりと入れます。


甘い物はあまり好きではないし、お菓子をたべると味がわからなくなるので、ふだんは食べません。1日4回のお茶の時間には、もっぱらお茶だけを飲みます。とくに早朝、寝起きの煎茶はガツンとくるので、一日のスタートに欠かすことはできませせん。


雪浦の童心窯で絵付けをし、焼いていただいた湯飲みがとどきました。さっそくそれぞれ自分が作った器に、八女茶を入れてみました。白磁に新茶の緑が美しく映えます。

 



2014年6月6日金曜日

「海うそ」島と海が好きな人のための書評

島と海が好きな人は、ぜひ。フィールド研究者も、ぜひ。


生命のにおいがする、湿った海と森の、暗くて重たい閉じた世界を歩く。薄皮をはぐような、その世界の変わり様を、島を訪れた人文地理学の視点から、丁寧に描写している。江戸から明治へ。そして私の父の時代。さらに私の時代へ。

そうやってよく知っている実際の人を、この物語に重ねてみると、ここに描かれている私たちの世界がたどってきた歴史と、現実の時間が、さらにくっきりと見えてくる。

さほど厚い本ではない、半分以上読み進めても、特別ななにかが起こりそうな気配はない。残りのページはわずかなのに、この物語はいったいどこに漂着するのだろう。読めば読むほど不安と期待をかき立てられる。こういうすてきな物語に共通するのは、このまま終わってほしくないという焦燥だ。

遅島は架空の島だ。たぶん甑島はそのモデルのひとつだ。そんな島を私も訪ねたことがある。世界遺産になって観光客が訪れるようになる前の屋久島。わずかな数の人々が宝物を慈しむように暮らしているトカラ列島の悪石島。旅行者の滞在を禁じていたバヌアツの孤島フツナ島は観光客に島を開き、海岸の崖に独特な集落を作っていた宮古の伊良部島にはまもなく橋が架かる。

物語では、人と生物がともに生きる世界の豊穣さが繰り返し語られる。本当はとても悔しい気持ちだ。失われつつあるものへの悔しさもあるが、私自身の悔しさもある。私もこういう本が書きたい。人類学者としてこういう研究がしたい。私ははやく自分の「海うそ」の話をしたくてたまらない。島のどこかに海うそは確かにいる。私もみせてもらったことがあるから、知っている。

「海うそ」梨木香歩 著 岩波書店 (2014/4/10)
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0222270/top.html

2014年6月3日火曜日

野研と風狂について考える

創作と制作

つくづく、むつかしいなと思う。


九州フィールドワーク研究会(野研)は1999年に発足した。野研とは、フィールドワーク研究に興味を持つ人たちのための研究会。学生も社会人も関係なく、ひとりでは実現が難しい野外活動や調査研究の実践と情報交換をするために集まっている。山、海、村、街が野研のフィールドだ。自然や人間からうまれる文化や芸術を野研のメンバーはみな愛している。


野研では、メンバーのひとりひとりが今やろうとしていることそのものがメインの活動であり、スター★ドームも大學堂も、これまで蓄積された野研の活動の副産物のひとつに過ぎず、決してそれらを維持するために今の野研があるわけではない。


野研には、これまでの活動の実績を評価されてか、不思議な人脈を経由していろいろなイベントや企画の依頼がくる。でも、ときおり感じる違和感がある。どうやら野研の活動と依頼者が望むイベントとは、共通する接点をもちながらも、根本的なところがなにか違うのではないかと思うことがある。そして、そこがよく誤解の原因になる。


野研では自分が楽しむために人を誘う。自分が楽しくないものは、ほかの人だって楽しくないだろうと思う。つまらないことに時間を無駄にする必要はないと考える。むしろ自分を表現したい人たちが集まっている。野研が目指しているのは「創作」である。


イベントが好きな人は、イベントをして人を集めることが好きである。イベントそのものが好きである。自分は裏方にまわったり、影の仕掛け人になったり、自分よりもほかの人を喜ばせることが好きである。イベントが好きな人がめざしているのは「制作」である。

同好の輩

先に書いたように野研には大学生だけでなく長く関わっているいろいろなメンバーがいる。同時に大学に拠点を置く野研にとって卒業と新入の新陳代謝は宿命であり強みでもある。毎年毎年、新しく来た人がその才能を伸ばす場所にしてくれればと熱い期待がかけられる。その一方で野研にあまり価値をみいだせなければ、だまって立ち去ってもよいという冷めた思いがどこかしらある。どちらせよ本人次第なのだ。野研にはなんの義務もなければ、なんの縛りもない。


むしろ心構えとしてもっとも大切しているのは、新しい人たちが自分でなにかをはじめる前に、受身にならないよう気を使うことだ。すでにいろいろなことをやってきた古くからいる人たちを前に、新しい人たちが遠慮したり萎縮したりしないように、関係性づくりにかなりのエネルギーをかけている。野研のような場所にとっては、古くからいる人と新しい人が、互いに敬語を使わないでも、同好の輩として対等な立場で議論できる関係を築くことが、常に新しい創作を追求するために不可欠な要素だからである。


それでも中学生からかけられた日本文化固有(たぶん韓国もね)の先輩後輩関係の呪縛を解くのはたやすいことではない。とくに体育会系の風土に育った人は、新しい人にとっても、古い人にとっても、思いの外、困難な課題のようだ。さらに、そうした野研のスタンスをまわりの人に理解してもらうには、もっと大きなエネルギーがいる。


野研ではメンバーになった瞬間から、プロとしての仕事を意識するようにと言われつづける。だれかのお手伝いではなく、結果も責任もきちんと自分で引き受けられる仕事をするように求められる。これは自分の行動を、だれかのせいにできないということだ。はじめからうまくいくとは限らないが、そうした活動を通じてメンバーは成長し、野研は周囲の評価と信用を築いてきた。


同時に、その道の達人や面白い人をリスペクトし、こちらもそれを越えるなにかを作っていく。相手を尊敬するからこそ相手のために自分の能力を使う。しかし、同時に何とかして相手からの尊敬も勝ち取る。ずうずうしく傲慢かもしれないが、自分もひとりのアーティストとして成長するためにはこの道しかない。そしてこれは、互いの尊敬がなければ成り立たない世界である。


旦過市場の中で大學堂がうまくやれているのは、市場の人たちが大學堂を単なる学生のボランティアだとは考えず、ユニークな個性と能力をもった一人の店主としてあつかってくれているからだ。成功の秘密はそこにしかない。


内に対しても外に対しても、同好の輩として共通の志を感じてくれる人は、同時に野研のメンバーをとても大切にしてくれる。そういう人とは、これからもずっと一緒にやりたいと思う。


負の共犯関係
でも、このごろはすこし、むつかしさを感じている。

かつては・・・たぶんまだ10年くらい前までは、そういう変な若者を面白がり愛でる風土が日本にはあった。若者も若者で無軌道で無茶なことを実現するのが、自分たちの役割だと思っていた。少なくとも今いる大人はそうやって大人になってきたはずだ。


就活、就活、とさわぎはじめたあたりから、日本中で変なことが進行し、もう止まらない。


いつのまにか、若者たちは、お金や報償で人に使われることをほとんど疑わなくなった。あいた時間はすべてアルバイトにつぎこみ、就職に有利だからと、与えられたボランティアにいそしむ。シフトも作業内容も他人が決めてくれる代わりにそれ以上の責任もない。あたえられたことだけをこなし、自分でものを考えない人が有利な就職ってどんな仕事だろう。そこに、なにか大人の嘘があるとは思わないのだろうか。


大学も地域貢献と称して、成績や単位を餌に街におおっぴらに学生たちを送り込む。この大人と若者による負の共犯関係が、これまでにないほど状況をおかしくしている。しかし残念ながら両者ともにあまりその自覚はない。その方が楽だからそれでいいのだろう。


うちの大学も数年前からそんなことを始め、北九州の街の人たちに悪い癖をつけてしまった。今や若者は何をしでかすかわからない不敵な存在ではなく、「学生」という名の、なんでもいうことをきく素直で便利なお手伝いさんに成り下がってしまった。


山の上で茶を点てて飲もうなどという風狂の趣向におおいに賛同し、自分たちもそれを越える遊びに興じようではないかという同好の志は、互いの対等な尊敬がなければ決して成り立たない世界である。若者を軽くあつかう大人たちも、志を持つ若者たちの方から、一緒にやれる相手かどうかを瞬時にして見抜かれてしまっている。少し前までは、そんなかっこ悪いことはなかったのにと思うと、かえすがえすも残念である。


今となっては、なんの打算もなくそんな風狂を楽しむことは、もうかえってむつかしいかもしれない。それほどこの共犯関係は強固に現在の私たちを縛っている。