2012年6月5日火曜日

放射性物質の拡散希望?

狭い日本に、これ以上、放射性物質の汚染エリアを拡大させないでほしいなあ。


この画像は名古屋大学の安成哲三教授らが「Proceedings of the National Academy of Science of USA(PNAS)」に発表した論文「福島原発から放出されたセシウム 137 の日本全国Кの沈着量及び土壌中濃度の見積もり」から引用したものです。

http://mausam.hyarc.nagoya-u.ac.jp/~yasunari/pressrelease.pdf

この地図にまだもっと色を塗らないといけないの?
やっぱり九州も紫色に塗りかえるの?

北九州市はいま、放射性物質を含んでいるがれきを九州島内に受け入れようとしています。先日、西日本で初めて試験焼却をおこないました。基本的に「人間に対して安全なレベルであれば汚染は広がってもよい」という考えなのでしょうか。そもそも、いったい最終的に何トンの汚染物質を運び込むつもりなのでしょう。

震災以降、日本の中で、原発事故の放射性物質に汚染されていなかった九州にどうしてあえて大金を投じて、汚染エリアを広げようとするのでしょう。たとえばこれは九州を東京なみの汚染地域にするための、なにかの陰謀なのでしょうか。

テレビやネットでは、「被災地との痛みを分かち合おう」とか「絆」とか、そんな感情的な言葉であおり、ことの重大さを、すっかりすり替えているように感じます。巧言令色少なし仁。どんなときでも耳に心地よい言葉からまず疑うべきだ感じています。

そもそもこれは、ほんとうに被災地の助けになる事業なのでしょうか。被災地の再開発がなぜ進まないのかといえば、将来の津波対策の安全性を考えた都市計画が遅れているからで、がれきを保管しておく土地は津波後の更地にいくらでもあるときいています。がれき処理を現地でおこなえば長期の雇用につながり非常に高い輸送のコストもかかりません。

今のこの時期に放射能汚染を免れた地域に市民の同意も得られぬまま、大急ぎでがれきを運び込み埋め立てをする本当の理由は、どこにあるのでしょう。

このごろの北九州では、こんな当たり前のことも冷静に議論できない、とても気持ちが悪い状態が続いています。市からは毎日毎日、一方的に安全安心のメッセージが流されるばかり。基準値を下まわっており、ただちに人体には影響がでるレベルではないということでしょうか。汚染はされるけど大丈夫なレベルということのようです。すぐにではないけど50年後はどうなるの?微量であれ、どうしても放射性物質を受け入れないといけないの?

今回の決定は、多分に為政者(議会と市長)の政治的なアピールの匂いがします。たとえ北九州市の決定が一時的に政府から評価されたとしても、九州に運び込まれた放射性物質は、そのあともずっと土の中に残ります。そのあとのことはどうするのでしょう。

日に日に醸成される、「市長ガンバレ的」な大政翼賛会のような雰囲気も非常にきもちわるく感じています。たとえば、新聞やテレビなどの報道では、異議を申し立てる人に対して、当初の「住民」は「反対する市民」から、いつのまにか「反対派」の表現にかわっています。たとえば私は反対派ではありません、ひとりでくよくよ憂いているただの憂い人です。憂い人であっても、先のことを思えば今は黙っていてはいけないと勇気を出してこれを書いています。

先週はツイッターで市長を脅迫した人が即時逮捕されました。巧妙なタイミングです。市長に同情が集まります。放射性物質の拡散の危険性の問題は、いつのまにか政治的な問題にすりかえられ、反対する人はみな被災者に冷たい悪い人で、犯罪を犯しかねない人、これっていつもの非国民?、どきどきします。

こういう報道をみると、どんな理由をつけてでも、何が何でもがれき受け入れを実施しないといけない雰囲気が醸成されているように感じます。ほんとうに不思議です。でもどんなにして実施にこぎ着けても、九州に運び込まれた放射性物質は、そのあともずっと土の中に残る事実は変わりません。

再確認しましょう。東北から九州に逃げてきたたくさんの被災者たちは、放射性物質から逃げてきたのではななかったでしょうか。被災者に冷たいのはだれなのでしょう。

つい昨年の原子力発電所の事故のときに、日本の政府がいかに情報を隠して多くの人を被爆させたか、わたしたちはまだ覚えています。今回だけでなくこれまでもずっとそうでした。「プロメテウスの罠」はショッキングな本でした。国民の安全よりも、一企業の利益や自分の保身ばかり考えているそんな官僚や閣僚など為政者たちを、どうして無邪気に応援できるのでしょうか。それではあまりにお人よしです。

今回の試験焼却は、埋め立ての同意を地元漁協から得られないまま実施されました。

この問題も今後、漁業補償で決着をつければ政治的な同意は得られるかもしれませんが、これってお金の問題なのでしょうか。それでも、やっぱり埋め立て地の放射性物質が消えてなくなるわけではありません。間違いなく放射性物質が蓄積されるという事実があっても、それでもそれを風評被害というのでしょうか。

賛成の人も反対の人も多分に政治的な言葉を使います。政治的な判断についての意見は、選挙のための巧言やがれきの輸送や処理に関する利権関係も含め、いろいろな個人的感情もあるのでしょう。国からの補助金にこころ動かされることもあるとおもいます。

しかし利害や感情に左右される政治の言葉ではなく、事実関係だけを考えれば、これほど奇妙な論理はありません。

たとえば「被災地との連帯」をいう人は、どうして福島県のがれきも受け入れないのでしょうか。福島県のがれきとは連帯しないのでしょうか?

放射性物質は一般ゴミと一緒に燃やして埋め立てるのだそうです。放射性物質は普通の毒物とは全く性質がちがいます、燃やそうが薬品を使おうがなくなりません。毒の原因が原子ですから化学的な方法では解毒できないのです。むしろ灰にして体積が減らせば、より汚染濃度は高くなります

事故が起こる前までは、放射性セシウム濃度が1キロあたり100ベクレルを超えると低レベル放射性廃棄物として厳密な管理が必要だった汚染物質が、今回、基準値を引き上げたせいで、一般の焼却炉で燃やすことが可能になってしまいました。

たとえ、ほかのゴミの灰と混ぜて薄めても放射性物質の「絶対量」は変わりません。

放射線にはにおいも色もないので、私たちの体の危険センサーが関知できず実感が湧きにくいのかもしれません。でも、すでにガイガーカウンターつきのスマートフォンが売られているようです。近い将来、だれもがガイガーカウンターをもって出歩くようになれば、はじめて若松区の響灘埋立地の汚染の様子を実感できるようになるかもしれません。汚染物質は地面の下に埋められているのでちょっと掘る必要があるかもしれませんが。

埋め立て地は海際です、雨が降って海に漏れ出たらどうなるのでしょう。生体濃縮は心配しなくてよいのでしょうか。ミミズはセシウム食べないのでしょうか。そのミミズを魚が食べることはないのでしょうか。おいしい日本海の魚はどうなるのでしょう。安全のため、汚された海と陸をこの先ずっとモニタリングをするのでしょうか。その費用はどこから出るのでしょう。

「ひびき灘埋立地」は、これからは「がれき灘埋立地」とよばれることになるのでしょうか?

人工的に作られた放射性物質は、これまで地球上に存在しなかった危険物です。五感では認識できず、生理的にも対応できない毒物です。そしてこの死の灰は、ものによっては人間の寿命を越えて放射線という毒を出し続けます。セシウム137では約30年でようやく放射能が半分に減ります。たとえば福島に降ったプルトニウム239の半減期は2万4千年です。生物や化学反応では分解できないのだから、できるだけ生態系から隔離させて、地層深くに捨てるしか避ける方法はないのです。拡散ではなく隔離が唯一の方法なのです。

今回の「飛灰」の放射性セシウム濃度は、1キロ当たり最大34ベクレルに汚染されていたと発表されました。放射性物質の一部はバグフィルターがとりのぞくというけれど、そのフィルターはどこに捨てるのでしょう。やっぱり燃やして埋め立てるのかな?なによりも、残された「主灰」の濃度がまだ発表されていません。不思議なことに、なぜか濃度が発表される前から、いろいろが決まっていきます。この主灰は埋め立てに使われるそうです。

将来にわたって生態系に禍根を残す放射性物質なのですから「人間に対して安全なレベルであれば汚染は広がってもよい」という考えかたは、あまりに未来に対して無責任に思えます。そもそも「環境未来都市」北九州市なのに、未来のこと考えなくていいのかな。

そして、こうした憂いはすべて「風評」という言葉で覆い隠されてしまいそうないきおいです。実際に放射性物質に汚染されたがれきが、被災地から運ばれてきて、北九州市に埋め立てられる事実に変わりないにもかかわらず・・・。

放射性物質に対して人間のできる対応は、拡散を防いで、封じ込める以外ないはずなのに。

九州は豊かな自然と綺麗な海がある島ですが、一方で発生以来50年以上たつのにいまだに水俣病の補償の問題は解決していません。特に北九州は、洞海湾の汚染・カネミ油症・ぜん息公害などが起きた全国でも有名な公害の街でした。その街で今起きていることです。

わがままで反対している人はたぶんあまりいないと思います。こんな雰囲気の中で、ひとりで反対するにはほんとに覚悟が要ります。わたしもブログに書くのはどきどきです。

「賛成」っていってる方が、ずっとずっと簡単だと思う。

今回のことは賛成か反対かでなくて、いろいろな見方を知った上で、決めないといけない重たい決定になると思います。安全というのならそれでもいいけど、せめて手続きとして住民の意思確認は必要だとおもいます。

私は今の市長は嫌いではないのだけど、だからといって違和感を感じながら、黙っているのは良心がとがめました。市長には市長の事情があるのでしょうが、そうした市民の気持ちは市長もわかってくれると信じています。

あすの平成24年6月6日(水曜日) 18時30分~20時00分より、北九州国際会議場メインホールにてタウンミーティングを開催されます。放射性物質が九州に運び込まれることはなく、私の憂いは杞憂となるのでしょうか。それとも単なる市長ガンバレ集会になるのでしょうか。
http://www.city.kitakyushu.lg.jp/kankyou/00101005.html

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タウンミーティング行ってきました。

会場には入りきれない人たちがあふれていました。500人定員で予定していたようですが、実際には1000人以上が集まったそうです。会場の外にモニターが設置されておりました。私は途中から中に入りました。

質疑応答にはいってから、たくさんの人が発言をもとめていました。そして、その多くがが反対を表明していたので、正直かなり驚きました。いままでの報道を見る限り、私は市長の判断を容認している人の方が多いのかなと思っていたからです。

たぶん現実には、賛成する人や反対する人よりも、ここに来なかったほとんどの市民のように、今回のがれき受け入れの問題点を、今もってなんだか、よくわからないと思っている人が多いと思います。

それぞれ質問をした人は、よく勉強しているなと思いました。あんな皆の前で質問するのは大変だと思うのですが、一生懸命筋道立てて話そうとしている印象を持ちました。ヤジとかはいらない気がしましたが、たしかに議長の進行もかなり強引でした。会場にはマイクが限られており、発言者に対する準備が不十分だったのがとても残念です。

一方で、質問に対する市長やひな壇の上の有識者たちの回答はとても苦しそうでした。明らかに答えられる質問(放射性のプルトニウムやストロンチウムは今回のがれきには含まれていない・バグフィルターが放射性物質を除去しているとか)に関しては、スライドを使って長々と説明をするのですが、本質を突く微妙な質問(科学的な知見からの質問もかなりあったように思いますが)については、データがなくわからないと答えたり、発言に対する回答をおこなわなかったりしておりました。

資料には、試験焼却の結果も公表されておりました。放射性セシウムは、飛灰から30ベクレル/kgが検出されたとされておりましたが、主灰からは不検出だったそうです。8ベクレル/kgで汚染された石巻のがれきを80000kg 持ち込んで試験焼却をおこなったのですから。640000ベクレル分の放射性セシウムがどこかにあるはずなのですが。それがどこに行ってしまったのかという説明はまったくありませんでした。一般ゴミの灰の中に紛れて検出できなくなってしまったのでしょうか?

石巻市のがれきの汚染数値の平均値は28ベクレル/kgとあるのに対し、今回の試料は8ベクレル/kgでした。この点についての説明も、要領を得ないものでした。

私の印象では、市長や委員や前の方の席に座っていた議員たちも、普通の神経をもっているのなら、あれだけ反対している人がたくさんいるということを目の当たりにして、いままでどおりがれき受け入れを推進するのはかなり難しいと感じたのではないかと思いました。でも「普通の神経」というのはあくまでも私の希望的観測です。

また「風評」という言葉で不安の表明を抑圧し、不安を感じながら反対する人を悪者にしたてようとする意図の発言がところどころで見え隠れしました。ちょっとやり方がフェアーではないなと感じました。市長もいっていたように、今回のことは単純に賛成か反対かでなくて、いろいろな見方を知った上で、決めないといけない重たい決定です。仮説と検証をくりかえして進む科学には「絶対」はありませんから、なにが「風評」かは寄ってたつ科学的論拠でかわります。

しかしながら、これほどまで安全を主張し、今回のタウンミーティングで十分に説明を尽くしたというのであれば、市がこれまでおこなった説明会の実績を元に、住民投票をおこなう必要があるだろうと思います。運び込まれる放射性物質を引き受けるのは、今の市長ひとりではありません。未来の北九州も含め市民や市外の地域の人全員です、そうした人たちの意思確認は、政治的にも避けて通れない手続きでしょう。

民主的というのであればせめてそれだけはしてほしいと思います。そのうえで、市民の過半数が今回の放射性物質を受け入れるのであれば、それはこの街の未来に対するひとつの選択なのだと思います。

まだ結論は出していないと市長はいっておりました。


2012年4月24日火曜日

人の住む世界と人の住まない世界

「自然学のまなざし」の受講生をを中心に学生20人と夜の小文字山を登る。眼下に広がる光の海。環境学を学ぶ前に、山に住む精霊や気配を感じ取り、自分の身体を確認するための「自然技法」を学んだ方が良い。人の住む世界と人の住まない世界のそれぞれの作法を知っておいた方がいい。虫も触れない人が、有機野菜や地球環境について語るのは、どこか歪んでいるんじゃないかな。

参加した人。写真どうぞ。お持ち下さい
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2012年4月16日月曜日

花のなかに春の朽ちる


花の春に 鄙をおとなう


若宮の山中にしだれ桜をたづねし 道すがら 
古き酒蔵を みつけたり


麹室の入り口あらはに 赤錆びし 琺瑯の樽のころぶ


並びし棟も すでに風雨に朽ち


往年の賑わひ はかなくも
蔵人たちの面影 黒々と地に消ゆ。


香に誘われ 路地を行けば


紅き桃花のもと 媼たたずむ


夕されば 光のうちに


最期の輝きをのこす そのせつなよ


山中のしだれは いまをさかりに 
明日知らぬ身の 春をたのしむ

2012年4月15日日曜日

装飾古墳ざんまい


九州北部は装飾古墳の宝庫である


中でもこの王塚は、入り口両脇の緻密な描写の馬たちと、玄室を覆い尽くす幾何学模様が異様な空間を表現している。



そして、昨日と今日は古墳内部の特別公開の日
http://www.town.keisen.fukuoka.jp/ouzuka/index.html



遠賀川流域の古墳や遺跡も同時公開し、全国から古墳ファンと考古学マニアがやってくる。
http://www.town.keisen.fukuoka.jp/ouzuka/contents/event/onga.html


北九州に住むぼくは、そんな古墳に気軽に足をはこぶことが出来る。ラッキー。




二日続きで、古墳ざんまいの週末だった。




王塚古墳の壁画は戦前に発見されたため、保存がうまくいかず色あせてしまっている、かたや竹原古墳の壁画は、粘土におおわれ保護されていたので、いまだ鮮やかで美しい。


冒頭の写真は竹原古墳の壁画。奇怪な怪獣とバテレン宣教師のようなあやしい服装の人物像。


いったいこれはなんだろう。


特別公開の日は年に二回だけ古墳の中を見ることはできるが、保護のため写真は撮れない。ここに載せた写真は印刷物からとった。王塚古墳はレプリカ、竹原古墳は本物の写真をレタッチしたものである。

2012年4月8日日曜日

姫路の銀河鉄道

みなさんはすでにご承知と思いますが、分子の間に働く力とは、かのファンデルワールス力であり、人類学者が現場で働かせる力は、フィールドワーク力ともうします。ファンデルワールス力はあまねく宇宙に働く力で、フィールドワーク力はあまねく人間の世界に働く力であります。

よろしいですか。同じ場所に行き、同じものを見たふたりの得られた情報は、わたくしとあなたとでは、かほどさまざまに違うのです。そうした有限の宇宙時間の中で、その場の交流点を瞬時に嗅ぎ取ってしまうような力こそが、まさしくフィールドワーク力なのです。


「ご通行の皆様きれいのがお好き。私達はここにゴミ 吸殻は捨てません。」


最初は、銀河鉄道というよりは、まるで山猫軒のような看板でした。



すみません、サザンクロスに行きは、ここでよいのでしょうか。


しかし、いくらどんなに探しても、あたりはしいんとして、だれもみあたらないのです。


「まもなくサザンクロス行きの汽車が発車いたします。」
構内に突然、ふしぎな声が響きわたり、ごごごと汽車の音がきこえました。


待ってください。乗ります。


カムパネルラは、もう乗ったろうか。


青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。


白いモダンな建物のなかに、汽車は停まりました。
ここは、銀河の中心なのでしょうか。そうにちがいありません。


蔓草が柱にからみ、今にも覆いつくそうとしています。



ぼくらは、いったいどこまで行くのだろうかねえ。


やがて列車は、家々の屋根の真上を越え



宙空に向かって、駆けのぼっていきました。



そうして、何時間も何時間も、銀河系の風景は後ろに流れていき、ずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。

ふと気づくと、サザンクロス駅についていました。


「元気な顔を見せて下さい。」
ぼくらははたして元気だろうか。おかあさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。
そうです、この真っ赤な光は、サソリの火なのです。


そこには「ぐじゃ」を焼く人が、おりました。

「よく見つけたね。偶然かい。あんたちこのあたりの人じゃないね」
「ええ、ぼくたち銀河ステーションから来たんです。」
「あの汽車まだ動いていたんだね。子どもの頃にみたきりだよ」
「あのう、ぼくたち、おなかがすいているんです」
「ちょうどいい、ぐじゃがあるよ」



くじゃを焼く人は、笑いながらクレープのようなその薄皮をはがしました。


そうしてドロドロと黒いソオスをかけるのでした


そのあとはサラサラと青いノリをかけるのでした


ぐじゃを食べ終わると、こぢんまりとならんだ町を歩きました。しかし、ここは、まったくといってよいほど、空間と時間が歪んでいる町に思えました。

いまどき、クリープを入れないコーヒーなんて。
それにその看板は、店の名よりも広告のほうが大きいように見えました。


いまどきの、イケメンのチャンポンめん。



すべては、幻灯の中の一瞬の風景だったのでしょうか?


あるいは、あれは銀河鉄道ではなく阿呆列車だったのでしょうか。

あの日は学会のためにたくさんの人類学者が姫路の駅前に降り立ちました。そのうちの何人が銀河ステーションたどり着くことが出来たでしょうか。もしやすると、そのまま石炭袋に堕ちていった者もあったにちがいありません。