2016年11月3日木曜日

日本の歴史を海から見る


日本の歴史を海から見る


交易の歴史から世界の見え方がかわる


人間は旅をする生き物である

しょうぶ学園にいった

鹿児島のしょうぶ学園にいった・・・ ・・


ここちよい空間が人の気持ちを変えていく・ ・


人間というのはほんとうに不思議な生き物だとおもう・・・・・・・


彼らの仕事は、どうして私の心をこんなにも揺さぶるのだろう・・ ・・


人間の能力というのは、いったいどういう性質のものなのだろう・


ここにいるとそんな不思議さに囲まれる   ・・・・


能力がないとか、能力があるとかっていうけど、それっていったいなんなのだろう・・


どんなふうに生まれても・・・・・・・・・・・・


どんなふうに育っても   ・・・・


日々の生活が満たされていて  ・


日々の生活が幸せであればいいとおもう ・・ 


それが人間らしく生きることだと思うのだ  ・・


毎日毎日の暮らしと楽しみ。それは健常者も障害者も変わらない・


しょうぶ学園、楽しい、教えない、好きなことをする・・・・


大学の研究も同じかもしれない、楽しい、教えない、好きなことをする・・


これは、実のところ大変なエネルギーがいることだ・・


そして手間暇がかかることだ  ・・


教えられて決められたことをする。そのほうがずっと簡単なのだ ・ ・


でも、そうでない生き方があってもいい ・


でも、そうでない社会があってもいい    ・


だれだって、楽ではないけど楽しい生き方をする権利がある・・・・・・


手間暇をかけることにはそれだけの深い意味がある  ・・・・・・・


「普通という曖昧な海を泳いでいるみんなへ」


この言葉に「どきり」とする・


「普通」なんて、曖昧な海なのだ・


ふわふわとその上に漂っているだけの、茫洋とした海なのだ・・・


なにかにしがみつきたくなって、もがく人もいる・・・・


浮かんでいるうちに、幸せになる人もいる・・  ・・


わたしがみつけたものは、だれかを驚かせ、幸せにする ・・


曖昧な海で何かを創る。部屋なんてこれでいいのだ・・


いすだってこれでいいのだ ・・・


そんな、部屋の中で、さらに新しいものを創っていく。子どもが子どもを産む・・


トイレだってわかりやすいほうがいい。右が女で、左が男・


人間はどこまでも、ものを創る生き物なのだ ・・・・


曖昧な海に浮かぶ不安におびえるよりは・・   ・・  ・・


ああ、ここは海なのだから、そういうものなのだ、と思った方がいい・・


人生は曖昧な海なのだから、・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


確かなものは・


そこに自分がいると言うことだ・・・


自分が生きているということだ・・・・


評判とか価値とか他人の目とか、そんなものではない・・・・・


自分の心の中から生まれてくる、不気味な衝動 ・


我慢できない衝動 ・・・・・


その衝動を、確実に時間をかけて外に出していく ・・・・


それがほかの人の心を動かす


2016年10月24日月曜日

アキザキヤツシロラン

キクラゲが生えているらしいという情報を聞いて大学の近くの山を探した。

キクラゲはすでにひからびていたけれど、こんなキノコが生えていた。


おや??これはなんだろ??


冬虫夏草のようでもあるけど、地面に虫らしき物はついていない。


ネットで尋ねたところ北海道博物館の水島未記さんから、こんなお返事が

ラン科の果実、それも腐生性のやつでしょう。南の方の植物には詳しくないので種類まではわかりませんが、例えばヤツシロランの仲間とか。ラン科、腐生植物ということで調べてみてくださいな。いずれにしてもかなり珍しい植物かと。


おお、まさにこれ!さすが!

アキザキヤツシロランの果実。生えているところも竹藪だった。希少種らしい。謎の植物が解って、とてもすっきり!ありがとう。

ギンリョウソウとかヤッコソウとかナンバンギセルとか腐食植物や寄生植物は変なヤツがおおくておもしろい。


ギンリョウソウは背振の山中で、ヤッコソウは種子島でみたことがある


しかしながら一緒に山をあるいていてもなにも見えない人もいる、それもまた不思議なり。こういうのを見つけるのもある種の経験や才能なのかもしれないな。海でも山でも。