2015年8月8日土曜日

ショートショート「権力者」

執筆合宿スピンオフ現実逃避作品


反対の声が上がれば上がるほど、権力者は自分の力に酔い、その快感にうちふるえた。すべては思いのままだ。

 政治の原理を理解しない愚か者たちには、今さらいくら反対しても、すでにもう遅いということが、わからないらしい。

 しかし祖父のときの、あのうねるような熱気に比べればまだまだだ。もっと徹底的に弾圧し、愚か者たちに力を誇示してやろう。そうすれば、国会の外で騒ぐリア充な奴らも、さらに満足するだろう。


 2014年12月14日の選挙ですべては決まったのだ。政治は数だ。数に力をいわせ、粛々と議決すれば完了だ。法だの解釈だの、難しいことはアリバイ程度に審議しておけばよい。揚げ足をとられないように、適当にあわせておけばよい。ただそれだけのことだ。

 2015年7月16日の衆議院議決をみるがよい。そのあとで、いくら驚き慌てても、もう後の祭りだ。愚か者たちには騒ぐだけ騒がせればいい。それだけ権力者の力が示されるだけのことだ。

 最後の最後は、そうしてあぶり出された愚か者たちを徹底的に潰したあとで、自分のやりたいことをして、さくっと降りれば、老後は安泰だ。

 どうせ、いちどは失いかけていた政治生命だ。大震災と原発事故はまさに天恵だ。保守化した世論をたきつけ、マスコミと財界を使って対抗政党を徹底的にたたき、経済不安を煽り、不死鳥のように返り咲いた。この強運は、まだまだ絶好調のようだ。


だれがなんといおうと、いちど決めてしまった路線は、かんたんには変わらない。政治や歴史とはそういうものだ。自分が指名する次の権力者が、すべての責任を背負い、敢然とこの先をすすんでいくだろう。

 非正規雇用の低学歴者や、引きこもりのおたくニート、ヤンキー上がりの熱血漢は、これからも強固な支持者だ。全共闘へのトラウマを背負った「しらけの世代」も死ぬまで支持してくれるだろう。

 ネットやテレビが大好きで、書物や知性が苦手な彼らほど、操りやすいものはない。彼らのコンプレックスをうまく利用して、愛国心という心のよりどころを与えてやればいい。知性よりも感情だ。彼らを愛国者と呼んで持ち上げてやろう。宗教者だって学者だって使い方次第だ。


兵器を売ったお金と国債を増刷して、愛国者たちの仕事を作る。自衛隊を増員し、名誉ある国家公務員にしてやれば喜ぶだろう。それで景気が低迷し、治安が悪化しても、悪いのはすべて不逞外人と非国民のせいにすればよい。

 知性を誇る愚か者たちは、なにも、心配する必要はないのだ。戦場に行きたくなければ、非国民のままでいるがいい。主権在民や平和主義という、戦後に押しつけられた錦の御旗を失えば、いまにデモだってできなくなる。

 お金に困っている愛国者たちをたきつけて、彼らや彼らの孫たちを戦場に送ることなど、ごく簡単だ。ついでに壊れた原発の後始末もさせればいい。権力に逆らう愚か者たちを弾圧し、愛国者たちの恐怖と不安に火を付ければ、もはや後もどりすることはできない。お国のために立派に死んでもらう。すべては思いのままだ。



その時、A国の大統領からのホットラインが鳴った。

「ハロー、あのね、こんど戦争することになったから、とりあえず愛国者10万人ね、お金は100兆円くらいいるかな、オトモダチの思いやりで半分負担ね、あっ、あとプルトニウムも少々」

『あの・・・』

「それと、君はよく仕事してくれたから、最前線にいってもらおうかな。最前線といっても後方支援だから大丈夫よ。ミサイル運んでもらうね」

『えっ・・・』

「A級の戦争犯罪者だった君のお爺さんを、うちの代理店にしてさんざん援助してあげた上に、首相までやらせてあげたのは誰だっけ?そうそう、失脚しかけてた君にも、同じ事をしたあげたよね?」

『しかし・・・』

「ていうかさぁ、権力者って誰だっけ?」