かつて門司は、神戸や横浜と並ぶ国際港として世界に開かれたモダンでハイカラな街だった。その繁栄の残照が今も街の至る所に残っている。
この三宜楼(さんきろう)もそのひとつだ。この木造3階建ての料亭は、1930年(昭和5年)に竣工している。
料亭自体は1955年に営業を終え、わたしが北九州に移り住んだ頃には、街から山手に向かう路地の先に黒々とした巨大な建物だけが残されていた。門司港を訪れ、石垣の上から街を見下ろす三宜楼の圧倒的な迫力に魅入られたわたしは、知人を通じて、「何とか中を見せてもらえないか」とかつてのオーナーに再三たのみこんだが、かなわないままオーナーは物故した。
その後、この建物が売りに出されるという話が持ち上がり、わたしも微力ながら、保存活動に協力した。いまから8年前のことである。幸い募金と署名活動が実を結び、建物を買い取り、北九州市に譲渡され修繕がすすめられた。
10時にオープンするという案内が来ていたので、今年の講義をとっている学生たちともに、少し早めに門司港に向かったが、すでに入り口の階段には楽しみにしている人々が並んでいた。
入ってすぐに2階に上がる階段がみえる。上品で落ち着いた雰囲気がただよう。
これだけの空間を木造で支えるために、多くの木材が緻密に組まれている。
建てられた時期は、世界大恐慌の直後で、戦争前夜の当時の世相を反映してか、中のしつらえは質素で、欄間の飾りや壁面の細工も決して凝った物ではない。しかし、それがかえって清楚でうつくしくみえる。
1階には建築当時の世相を伝える資料が展示されている。1階は、今後も料亭として使われる予定である。夜はフグやウニの海鮮料理、平日限定のお昼ごはんの三宜楼御膳は1500円。リーズナブルな価格設定だとおもう。
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帰りに気づいたのだが、入り口に『「三宜楼を保存する会」にご寄付いただいた方々』というパネルがあった。
竹川大介の名前も載っていた。
門司港にすむ、よしこさんも駆けつけてくれた。大広間で歓談しながらしばしくつろぐ。
門司港散歩の楽しみがまたひとつ増えた。