2012年2月5日日曜日

矢吹ジョーと闘うために

【人体実験の決断】
年末の旦過市場で餅を食べ過ぎた。体重が史上最高値(しじょうさいたかね)を更新した。「やばい」と、思った。

1月1日。なにごとも決意するにはキリがよい日のほうがよい。初めてのダイエットを即決した。

世間にはこむつかしいダイエットの理論がいろいろあることがわかった。この業界、売れ筋なのだ。焼きトマトから、風船、骨盤、性活動、有酸素運動、寝るだけ、筋肉ぷるぷるマシン。どれももっともらしい。

が、目的はただひとつ「体重を落とすこと」だ。ならば、もっとシンプルに考えられないのか。

どうせやるなら、新しいダイエット本を書くつもりで、オリジナル・ダイエット法を考案し、それを人体実験することにした。

【ふくろ理論】
体はひとつのふくろであると考えた。そのふくろに重いものを入れれば体重は重くなる。年末に重い餅をたくさん食べたから体重が増えた。重いものを入れなければ良いのだ。これからは軽いものを食べよう。

軽いもの。綿菓子とか、お麩とか、赤ちゃんせいべいとかだ。最終的にはカスミで生きられるようになれば、仙人も夢ではない。

カロリーとか難しい事は、この際わすれよう。がんばらないダイエットや、好きなだけ食事をとってもいいダイエットなどという、ゆるい方法が人気を博しているが、それではなにをやってるんだか解らない。むしろ、がんばるダイエットだ。食事をとってはいけないダイエットだ。リバウンドとか難しい事は、この際わすれよう。

ここはひとつ矢吹ジョーとの対戦が決まったと想像してほしい。ゆるいことはいってられない。力石徹は13キロも落としたのだ。目標値を15キロ減とした。

【宴会による自発的やぶれ】
朝晩と100グラム単位で体重をはかることにした。夜は食べないから寝ている間に当然体重はおちる。はかり始めてからわかったことは、だいたい夜のうちに400グラムくらい減っているという事実である。

だとすれば、昼のうちに400グラム以上増やさなければ、理論的にトータルの体重が減っていくことになる。ふくろに入れる分と出る分だけ考えればよいのだ。実にシンプルである。

このやり方で、年末の餅の分はわりとたやすく消えた。順調な滑り出しである。しかし年始も油断はできない。案の定、新年会が3日連続で続いた。

体重は常にワッチ・ミーでモニタリングされている。そして、なんと宴会1回ごとにおよそ1キロ体重が増えることがわかった。お酒を飲みながらうまい物が食べられないのはつらい。シンプルで美しい理論は、ここにきて自発的なやぶれがあることが発見された。

宴会を減らすしか手はない。

【跳躍運動による筋縮現象】
体重が減ってくると脂肪がへり体がぷよぷよになる。昼の間の体重増加をおさえるためにも、筋肉をつけたほうがよいという。どうせするなら楽しい方がいい。海に潜って魚をとるのは楽しいし、かなり体力をつかうが、毎日はできない。それに今は冬だ。

いまこそバックミンスター・フラーの教え「最小限の空間で最大限の効果」を実践するときだ。さらに「最小限の時間で最大限の運動」ができればなお良い。

トランポリンを買った。

マサイやニューギニアのリズミカルな曲ばかりあつめてプレイリストを作った。栗コーダーカルテットがカバーするハイウェイ・スターが案外よい。

【フロー仮説】
このように「ふくろ理論」は大変優れた理論であるが、軽い物ばかり食べていると「おなかがすいてひもじい」という新たな大問題が浮上した。力石の気持ちになればひもじいなどとは、いってられないのだが、なんとかならないものか。

「ふくろ理論」をさらに精緻な物にするために、ふくろの中にある物質の状態を流動体であると仮定して、再計算をおこなった。つまり人体という袋は常に、物を出したり入れたりしている一種のチューブのようなものだとみなすのである。

流動体であるから、早く動く物もあれば、ゆっくり動く物もある。高速道路の車の通行を連想してほしい。速い車であれば多くの台数が走れるが、遅い車は渋滞をおこす。

すなわち、速く動く物質はちょっとくらい多めに摂取してもかまわない。このフロー仮説が「ふくろ理論」をさらに強化させ「超ふくろ理論」へと導いてくれる。もっとも代謝が速い物質は水である。水はいくら飲んでも汗やおしっこになって急速に減っていく。

お粥を導入した。お昼はおかゆをもりもり食べる、というか飲む。ウー・ウェンが薦める米1に対して水10の割合の中華がゆである。

【バーチャル満腹感】
さらにとどめの一撃だ。飢餓感との戦いは、いかに脳をだますかということにつきる。そこで最新の人類進化理論と脳科学を援用することにした。古来より人間は狩猟採集をして生きてきた。炭水化物が主食になったのはわずか1万年前の農耕革命以降の新しい現象である。

人間にとって分解されたタンパク質から生まれるアミノ酸の味は、何物にも代え難い満足感を与える。アミノ酸の味とは、いわゆる「うま味」である。

おかゆに対して、うま味のドーピングを施すことにした。

脳をだますには噛んでいる感じがあれば、なおよい。かるくてうま味があって咀嚼感がある物。古今東西さまざまな食材を検討した。その結果、日本の伝統食である「昆布」と「するめ」と「いりこ」が採用された。保存もたやすいしかさばらない、これならば仕事中におなかがすいてもすぐに食べられる。

【科学進歩のための尊い犠牲】
かくして「超ふくろ理論」は、きわめて科学的な合理性のもと、着実に成果を上げている。その1ヶ月間の成果をグラフとともに図しめそう。体重はひと目盛りが1キロ。グラフは朝昼ごとの相対的な体重変化を表している。


1ヶ月でなんと6キロの減量である。

ここまではすべて順調、理論の正しさは実験で証明されている。しかし最後にひとつだけ書いておかなければならない。

昨日、とんでもない失敗を犯してしまった。バーチャル満腹感を増大するために「根コンブ」を導入したのだ。強烈なかみ応えである。うま味成分も多い。仕事の原稿を書きながらゴリゴリ噛んでいると、ゴキッ、いやな音がした。さてはコンブに石が入っていたか?いやちがう。

歯が折れた。

このように過度な人体実験は、予期せぬ危険を伴うことがあるので十分に注意が必要だ。しかしここでくじけてはならない。科学の進歩に犠牲はつきもの、われわれは先に進むのみだ。すぐに歯医者に行き、実験は続行中である。