2012年4月8日日曜日

姫路の銀河鉄道

みなさんはすでにご承知と思いますが、分子の間に働く力とは、かのファンデルワールス力であり、人類学者が現場で働かせる力は、フィールドワーク力ともうします。ファンデルワールス力はあまねく宇宙に働く力で、フィールドワーク力はあまねく人間の世界に働く力であります。

よろしいですか。同じ場所に行き、同じものを見たふたりの得られた情報は、わたくしとあなたとでは、かほどさまざまに違うのです。そうした有限の宇宙時間の中で、その場の交流点を瞬時に嗅ぎ取ってしまうような力こそが、まさしくフィールドワーク力なのです。


「ご通行の皆様きれいのがお好き。私達はここにゴミ 吸殻は捨てません。」


最初は、銀河鉄道というよりは、まるで山猫軒のような看板でした。



すみません、サザンクロスに行きは、ここでよいのでしょうか。


しかし、いくらどんなに探しても、あたりはしいんとして、だれもみあたらないのです。


「まもなくサザンクロス行きの汽車が発車いたします。」
構内に突然、ふしぎな声が響きわたり、ごごごと汽車の音がきこえました。


待ってください。乗ります。


カムパネルラは、もう乗ったろうか。


青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。


白いモダンな建物のなかに、汽車は停まりました。
ここは、銀河の中心なのでしょうか。そうにちがいありません。


蔓草が柱にからみ、今にも覆いつくそうとしています。



ぼくらは、いったいどこまで行くのだろうかねえ。


やがて列車は、家々の屋根の真上を越え



宙空に向かって、駆けのぼっていきました。



そうして、何時間も何時間も、銀河系の風景は後ろに流れていき、ずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。

ふと気づくと、サザンクロス駅についていました。


「元気な顔を見せて下さい。」
ぼくらははたして元気だろうか。おかあさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。
そうです、この真っ赤な光は、サソリの火なのです。


そこには「ぐじゃ」を焼く人が、おりました。

「よく見つけたね。偶然かい。あんたちこのあたりの人じゃないね」
「ええ、ぼくたち銀河ステーションから来たんです。」
「あの汽車まだ動いていたんだね。子どもの頃にみたきりだよ」
「あのう、ぼくたち、おなかがすいているんです」
「ちょうどいい、ぐじゃがあるよ」



くじゃを焼く人は、笑いながらクレープのようなその薄皮をはがしました。


そうしてドロドロと黒いソオスをかけるのでした


そのあとはサラサラと青いノリをかけるのでした


ぐじゃを食べ終わると、こぢんまりとならんだ町を歩きました。しかし、ここは、まったくといってよいほど、空間と時間が歪んでいる町に思えました。

いまどき、クリープを入れないコーヒーなんて。
それにその看板は、店の名よりも広告のほうが大きいように見えました。


いまどきの、イケメンのチャンポンめん。



すべては、幻灯の中の一瞬の風景だったのでしょうか?


あるいは、あれは銀河鉄道ではなく阿呆列車だったのでしょうか。

あの日は学会のためにたくさんの人類学者が姫路の駅前に降り立ちました。そのうちの何人が銀河ステーションたどり着くことが出来たでしょうか。もしやすると、そのまま石炭袋に堕ちていった者もあったにちがいありません。